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東京高等裁判所 昭和45年(う)632号 判決

被告人 木村宏 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、すべて被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人水嶋晃、同川島仟太郎が連名で提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検事丸山源八の提出した答弁書と題する書面にそれぞれ記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

控訴趣意一の第一について。

所論は、被告人両名のした各建造物不退去行為は正当な争議行為として行なつたものであるから、違法性が阻却されるべきであるのにかかわらず、原判決は個々の点につき誤認ないし解釈の誤をおかし、結局判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認をするにいたり、その結果両名に対し有罪の認定をしたと主張するので、次に検討を加える。

まず所論は、被告人両名の勤務する東洋酸素株式会社川崎工場では休日出勤が昭和三六年ごろより継続的に行なわれていたのであつて、休日出勤することによる収入は組合員の所得の実質的な一部をなしていたから、休日出勤拒否は組合員にとつて失うもののある闘争であつたし、また仮に労働基準法三六条にもとづく協定がないとしても昭和三六年以来、慣行として休日出勤は行なわれて、それが正常な業務運営になつていたから、休日出勤拒否は正常な業務を阻害するものとして通常の争議行為と異なるところがないのにかかわらず、原判決理由の「弁護人等の主張に対する判断」の項の一の(三)において「争議行為としてもつとも典型的なストライキの場合は、組合員は労務の提供を拒絶することにより使用者の業務の運営を阻害する反面、自らも権利として保障されている賃金請求権を犠牲にするものであるのに対し、本件休日出勤拒否闘争は、前叙の通り本件労使間に所謂三六協定がなかつたのであるから、被告人両名らの組合員は休日に出勤して給与を受ける権利も義務ももともとないのであつて、この点で法律的には失うもののない闘争であり、それだけに労使間の闘争行為の均衡という観点から通常のストライキの場合に比して、争議中使用者自らの為す業務の運営を阻害する手段・方法が自ら制約されるものと解せられ、使用者側の者の為す業務の運営に対しては、原則としてこれをしないよう平和的に説得する程度以上の行為は為し得ないものと解するのが相当である。」と説示判断したのは不当ないし違法であると主張する。

(一)  ところで、原記録の各証拠および当審における事実取調の結果によれば、次のごとき各事実を肯定することができる。

(イ)  被告人両名は、いずれも東洋酸素株式会社(以下「本件会社」という。)の従業員によつて組織された合成化学産業労働組合連合東洋酸素労働組合の組合員であり、被告人らは右会社川崎工場(以下「川崎工場」という。)に勤務し、川崎工場およびこれに併設された右会社川崎営業所の従業員によつて組織されている同労働組合川崎支部(以下「川崎支部組合」という。)の支部長、副支部長をしていたものであるが、本件会社と前記合成化学産業組合連合東洋酸素労働組合との間、また川崎工場と川崎支部組合との間には、いずれも時間外労働、休日労働に関し労働基準法三六条にのつとり正規の届出のなされた労働協定(以下「三六協定」という。)は締結されておらず、なおその点については労働協約もなく、その都度、確認書、覚書などが取りかわされて、運営されていた。そして、会社側が当時の需給関係、営業状況からみて時間外労働、休日労働を必要とする場合には、川崎工場から事前に書面をもつて川崎支部組合にその旨の申入れをし、組合がこれを承諾する形式をとつて、その都度の定めによりこれを実施していたが、それも従業員一人につき一ヶ月間に休日労働二日間、時間外労働三〇時間という制限が加えられていたのであり、その限度で時間外・休日労働がある程度慣行化していたとみることができる。

(ロ)  しかして、原判決理由の「本件犯行に至る経緯等」の項一ないし九で掲記されたごとき川崎工場、川崎支部組合間の交渉、紛争を経て、その一〇で判示されているように、川崎支部組合は昭和四二年四月一七日に被告人らも参加して臨時総会を開き「(同年)四月二〇日の賃金支払い日に業務命令不服従者に対して賃金不払いをするなら、同月二一日以降の早出残業に協力しない。二三日以降の管理職者による休日操業を認めない。」旨の決定をし、同月二一日川崎工場長に対し、「右一七日の臨時総会の決定を実施し、同月二三日の管理職者による機械運転は認められないのでこれに対処する」旨を通告し、結局この通告内容実現の一環として本件の不退去ならびに機械運転の停止が行なわれたものである。

(二)  以上の(イ)(ロ)の事実関係によれば、川崎支部組合が休日出勤拒否をしたのは、かねて川崎工場、同組合間で折衝をつづけていた作業要員の人数問題の不一致を発端として、会社側の人事異動の強行およびこれに服しなかつた一部の組合員に対する賃金カットに対抗するためであることが明らかであるから、この休日出勤拒否闘争が労働関係調整法七条にいう「争議行為」、すなわち「使用者たる会社の業務の正常な運営を阻害するもの」といえるかどうかは別として(けだし、前叙のごとく会社の休日操業は、三六協定を結ばずに、従つて労働基準法に違反して行なわれたのであるから、たといこれが長期間慣行としてなされていたとしても、これを「業務の正常な運営」と解することができるかどうかについてはなお問題があるからである。)、労働組合法一条二項にいうところの同条一項に掲げる目的を達成するためにした行為に当ることは疑いない。

(三)  次に本件の休日出勤拒否闘争が組合側にとつて「法律的には失うもののない闘争」であるとの原判決説示に関して考察するのに、右説示がこれと比較対照するストライキの本質は「労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにある」(最高裁昭和三三年五月二八日大法廷判決、刑集一二巻八号一六九四頁)のであつて、それは労働者が労務供給義務の不履行にもとづき賃金の支払をうけえないことによつて損失をうける一方、使用者をして正常な形態で操業をつづけることができないようにさせ、両者が互にその主張とストライキによる経済的損害とを検討しあうことによつて両者の主張の妥結による労働条件の決定を目ざすものであるが、この場合労働者の被る損失は、労働契約上本来取得すべき賃金を失うことにあるのに対し、本件の休日労働の拒否にあつては、前掲のように三六協定が締結されておらず、しかもあらかじめ休日ごとに川崎工場側の要請に対して支部組合側がこれを承諾する方法によつていたのであるから、組合側において右の要請を拒否することは自由であり適法であつて、これを拒否した以上、当初から労務供給義務は発生せず、もとより供給義務不履行の問題のおこる余地もなく、従つて初めから賃金請求権も発生しないのであるから、労働契約上、生ずべきこの請求権を失うということはありえないのである。したがって、この意味において原判決がこれを「法律的には失うもののない闘争である」と解したのはそれ自体としては決して誤りではないけれども、直ちにそのゆえをもつて「労使間の闘争行為の均衡という観点から通常のストライキの場合に比して争議中使用者自らの為す業務の運営を阻害する手段・方法が自ら制約されるものと解せられる」としたことには、疑問があるといわなければならない。けだし、本件においては、要するに被告人両名のした原判示各行為が労働組合法一条二項本文および刑法三五条にいう正当性を逸脱していたかどうかが問題となつているのであるところ、それは休日出勤拒否闘争の動機、態様、被告人らの闘争中の一連の行動など諸般の情況から具体的かつ実質的に考察されねばならないのであつて、単にそれが法的に失うもののある闘争であるかどうかというような点だけから決定せらるべきものではないからである。そこで、いま右に述べたような実質的観点から本件の休日出勤拒否闘争をみるのに、前示(一)の(イ)で認定したように川崎工場、川崎支部組合間には従業員一人につき一ヶ月間に二日間の休日労働、三〇時間の時間外労働がある程度慣行化されていたのであるから、もし組合員が出勤拒否闘争をすれば、休日出勤によつて得られるべき慣行上の収入を失い、これに相当する損害を受けることになるから(本件会社の就業規則および当審における事実取調の結果によれば、休日出勤の手当は実労働時間によつて計算され、基本賃金の一七五パーセントであるから平日の賃金にくらべると高いわけである。)、実質的にはまさしく失うもののある闘争だということもできるし、他方会社側も予定していた操業ができず、これによつて相当の経済的損害をうけるのであるから、会社側としてもまたこれに対応して実質的に失うものがあるわけである。すなわち、このような闘争は、前示のストライキと比較しても、労働力提供の集団的停止である点で同じであるほか、そのもたらす効果あるいは労使間の力の均衡という面においても特段の差異がないといわねばならず、この意味において争議行為としてのストライキに準ずるものとして考えることができ、なおその結果として組合側が使用者側のなす操業に対して執りうる対抗策の限界、たとえばピケツテイングの限界についても、両者の間に特にそのため差異を生ずることはないと解するのが相当である。

したがって、本件休日出勤拒否闘争とストライキとの間に一線を画し、本件の場合には「ストライキの場合に比して争議中、使用者自らの為す業務の運営を阻害する手段・方法が自ら制約される」とした原判決の見解は、当裁判所の採らないところであるけれども、問題は、すでに述べたように、被告人らの各所為が労働組合法一条二項本文にいう正当な行為にあたるかどうかにあるわけであるから、さらに諸般の事情を勘案し、被告人両名の建造物不退去が正当性を逸脱していたかどうか検討してみなければならない。

(四)  そこでまず考えてみるのに、本件のように組合側がストライキに準ずる休日出勤拒否闘争を行なつた場合については、会社側としても、特に職場代置の禁止協定が結ばれているか、またはその闘争の期間中会社側が操業をしない旨の拘束力ある慣行が存在する場合は別として、そうでないかぎり、組合側に対抗して自ら操業する自由を有するというべきである。ところが、本件の場合には、職場代置禁止の協定が労使間に結ばれていなかつたことは記録上明らかであり、また操業禁止の慣行が存在していたと認められないことは後記控訴趣意二の第二に対する判断中で説示するとおりであるから、本件の場合会社側が川崎支部組合の休日出勤拒否闘争に対抗し、管理職者を動員して休日操業を実施しようとしたことは適法であつたといわなければならない。したがって、組合側のこれに対して執りうる措置としては、これをしないよう平和的に説得することは特段の事情のないかぎり許されないと解するのが相当である。その点の結論においては、当裁判所の見解も、原判決の意見と同一であるといつてよい。

これに対し、所論は、昭和三九年八月に月村正太郎が川崎工場長となつて後、それまで均衡のとれていた労使の対抗関係がアンバランスとなり、川崎支部組合側が劣勢になつて労使の実質的平等が崩れていたから、その回復方法として被告人らの執つた行為は正当であると主張するのであるが、原判決挙示の関係証拠によれば、その認定のように「会社側が組合に対し昭和四〇年七月二七日従来川崎工場のアセチレン部門の要員に関してあつた労使間の覚書、団交確認事項及び確認書等を解約する旨の申入れをしたこと、及び昭和四一年暮れにあらかじめ具体的該当者等については川崎支部との協議を経ないで従来の要員を大巾に減少させた一係一四名案を骨子とし、具体的に該当者の名前を記載した大巾な会社側の配置転換案を東酸ニユースという形で一般組合に配布するなど、右アセチレン部門の要員削減問題について相当強引な態度をとつていた」ことは認めることができるが、このことから直ちに会社側の労務政策一般が特に組合を無視した、一方的な方針強行であり、不当であつたものとまでは認められないし、更に進んで休日出勤拒否闘争当時に川崎支部組合側が会社側に比して特に劣勢であつて、会社側に対し通常許される以上の強力な対抗手段を執ることが認められるほどの特異な状態にあつたものとは、原審の各証拠および当審における事実取調の結果に徴するも、いまだ認めることができない。

のみならず、仮に昭和三九年八月以降労働組合が劣勢になつたとしても、このことのみから川崎支部組合側が実質的平等を主張して工場側に強硬な態度に出ることが許容されるものではなく、その当否の判断のためには在来の労使間にかわされた労働契約関係、会社側の労務政策、営業状態のほか、組合側が劣勢となつた要因などが考慮されねばならないところ、所論指摘の会社側の労務政策、組合への対抗策については、原記録の各証拠を検討するとき、原判決がその「本件犯行に至る経緯等」の項および「弁護人等の主張に対する判断」の項(五)において認定ないし説示したところはその結論において正当であるし、また右のように会社側の執つた労務政策ないし対抗策が必ずしも不当だともいえなかつたことは、原判示のように川崎支部組合の執つた休日出勤拒否闘争について、その上級機関たる組合本部が支部組合長に対して支部総会の決定を執行してはならないと通告した指令二七九号の中に「川崎支部が中央機関決定並に本部指令に従い問題の早期、円満、平和的解決に向つて努力していれば決してかかる賃金不支給通告書が出される事態にはならなかつたであろうし、必ずや組合にとつて、職場の組合員にとつて有利な条件で解決したであろうことは当然にしてくやまれる次第である」と記載されていた事実からも窺われるところである。

そこで、以上述べたところを前提として被告人らの本件不退去の行為をみると、次の控訴趣意一の第二に対する判断の中で認定したところから明らかなように、被告人らは当初から実力で機械の運転を停止し管理職者による操業をさせない目的でそれぞれ第二、第三液酸工場内に止まり、原判示のように工場側からの退去要求に応じなかつたものであつて、現に結局は自らの手で機械の運転を停止しているのであり、決して単なる平和的説得のために工場内に止まつていたものではないことが認められる(しかも、後記認定のように、機械の運転停止以前における被告人らの工場内における管理職者に対する言動は、ほとんど説得の名に値しないものである。)。したがって、すでに説明した本件行為当時の事情の下にあつては、本件各不退去の所為は労働組合法一条二項にいう正当な行為の範囲を逸脱したものというのほかなく、これと同旨に出た原判決の判断は結局正当だといわなければならない。(なお、所論は、原判決が「平和的に説得する程度以上の行為は為し得ない」と述べながら本件不退去の違法性を認めているのは理由そごの認りを犯したものだと主張するが、原判文を精読すれば、原判決が被告人らの不退去の行為について労働組合法一条二項にいう正当性の範囲を逸脱したものと述べているのは畢竟本件の行為が平和的に説得する程度を越えたものであることを判示した趣旨に解せられるから、その間に別段理由のくいちがいがあるとはいえない。)

従つて論旨は理由がない。

控訴趣意一の第二について。

所論は、会社側の被告人両名に対する退去命令は外形上、権利行使のごとくみえるが実質は争議行為の弾圧のためになされたものであつて、権利濫用として無効であるのに、原判決はこれに応じなかつた両名を建造物不退去罪として処罰し、退去命令の効力について判断を示していないから違法であるというのであるが、原判決が会社側の退去命令を正当なものと解したことは、原判文上充分にこれを窺うことができるから、その点につき原判決が判断を示さなかつた違法はないというべきである。次に、会社側の本件退去命令が所論のように権利を濫用してなされたものであるかどうかを検討してみるのに、川崎支部組合が休日出勤拒否闘争をするまでの間に会社側で執つた労務政策ないし組合への対抗策の中の一部には相当強引な態度もみられたにしても、一般的には特に不当なものとはいえなかつたことは前示のとおりであり、さらに、会社側の本件退去命令が発せられた前後の事情についてみるのに、原判決挙示の関係証拠によれば、次の事実を認定することができ、原記録における他の証拠を検討し、当審における事実取調の結果に徴してみても、この認定を左右することはできない。

(一)  昭和四二年四月一三日ごろ被告人両名も参加して川崎支部執行委員会が開かれ、右委員会において休日における管理職者による操業をさせないように組合側が機械を停止させてこれを実力で阻止するなどの方針を立てたが(これより先の同年三月九日の支部総会でも同月一二日以降の休日出勤を拒否することを決定したが、会社側との交渉妥結に重点をおいたため管理職者による操業については、これを黙認してきていた。)、四月一七日の川崎支部臨時総会では「四月二〇日の賃金支払い日に業務命令不服従者に対し賃金を支払わないならば同月二一日以降の早出残業に協力しない。同月二三日以降の管理職者による休日操業を認めない。」旨を決定した。

ところで右決定に対しては同月一九日組合本部より組合川崎支部長たる被告人木村にあてて、これを執行してはならない旨の指令二七九号が発せられたが、被告人ら川崎支部役員はあえてこの指令に従わないことにして、同月二一日川崎工場長月村正太郎に対し、同月二三日(日曜日)の管理職者による機械運転を認めず、これに対処する旨を通告した。

(二)  他方、川崎工場側は今まで休日操業を管理職者の手により続けてきたので同月二三日の日曜日にも操業することにしたが、支部組合との間に紛争の発生することをおもんばかり、同月二二日夜工場長から組合支部長にあてて「四月二三日午前六時より二四日午前七時までの間、一般組合員(就労者を除く)の構内並びに工場施設内えの立入りを禁止するので組合員にその旨周知徹底されたい」旨の申入れをし、更に同夜工場長名で右同様の記載をした告示文を川崎工場正門前に掲示した。

(三)  次で被告人両名は同月二二日職場委員らを通じて組合員を動員し、同夜組合支部事務所において他の執行委員らと共に翌二三日の行動について打ち合せをし、機械の運転を停止するのは二三日午前七時ごろとすること、運転停止の操作については、他の一般組合員にその後責任が及ぶのを避けるため支部役員が主として担任することを定めた。

そして被告人ら支部組合側としては、機械の運転を停止すれば、会社側から交渉を求めてくるか或は操業の継続をあきらめるだろうと予想し、もし交渉を求めずに操業をしようとすれば、これを阻止して一日中操業を停止させる意図をもつていた。

(四)  被告人木村は翌二三日午前五時ごろ支部組合事務所入口附近において、集合した支部組合員について第二液酸工場、第三液酸工場にそれぞれ入る者の区分けをし、被告人木村ら約一五名が同被告人を指揮者として第二液酸工場に、また被告人関ら約一五名が同被告人を指揮者として第三液酸工場におのおの赴いた。

被告人木村は同日午前五時五〇分ごろ川崎支部組合員約一五名と共に第二液酸工場に立ち入つたが、そこにはすでに川崎工場の管理者たる月村正太郎工場長ほか一五名の管理職者(うち技術者八名)が夜勤者から正常運転のまま同日午前七時三〇分に引きついで継続運転をするため夜勤者にその旨の命令を発して待機していた。月村は直ちに電気メガフォンでもってすみやかに同工場から立ち去るように数回要求したが、被告人木村らは「俺達の職場だからなぜ悪いんだ。」「賃金を払え。」「出てゆけ。」、また被告人木村は「俺の責任でやるんだ。」といって互に犯意を相通じてこれに従わず、更に同日午前六時四〇分ごろ同工場内に立ち入ってきた約二〇名の川崎支部組合員に対し月村から前同様の退去命令が出されるや、被告人木村はこれら組合員約二〇名とも犯意を相通じて同日午前八時ごろまで右建物から退去せず、その間運転を引きつぐべき技術系の管理職者らを取りかこんだが、被告人木村は「機械をとめます。」といって組合員らをして停止操作に入らせ、機械の運転は午前七時すぎ停止した。

他方、被告人関は同日午前五時五五分ごろ川崎支部組合員約一五名と共に川崎工場内の第三液酸工場に立ち入ったが、そこにはすでに川崎工場長月村正太郎からその管理を委任されていた本橋俊佑ほか一一名の管理職者(うち技術系七名)が夜勤者から正常運転のまま同日午前七時三〇分に引きついで継続運転をするため夜勤者にその旨の命令を発して待機していた。本橋は直ちにすみやかに同工場から立ち去るように数回要求したが、被告人関らは「うるさいな。」「管理職者には用がないから出てゆけ。」などといつて、右組合員約一五名と共に犯意を相通じてこれに従わず、更に同日午前六時四〇分ごろ同工場内に立ち入つてきた約二五名の川崎支部組合員らに対し、本橋から前同様の退去命令が出されるや、被告人関はこれら組合員約二五名とも犯意を相通じて同日午前八時ごろまで右建物から退去しなかつた。

そこで、以上の認定からして明らかな川崎工場側の管理職者による休日操業の経緯、川崎支部組合側の阻止態勢、被告人両名を指揮者とする組合員多数の工場内における、操業停止を目的とする不退去行為の手段、態様、また不退去時間の長さなどに徴すると、所論指摘のごとく当時管理職者には操業継続の意思がなく、退去命令は争議弾圧のためのものであつて、右退去命令は権利濫用として無効であつたものとは認められないから、原判決が被告人らにつき不退去罪の成立を認めたのは正当というべく、論旨は採用することができない。

控訴趣意二の第一について。

所論は、原判決第二において被告人関に対し威力業務妨害罪を認定したが、前述のごとく争議行為の正当性の範囲は使用者側の対抗策との関係で労使の実質的平等をはかるように相対的、流動的に決定すべきところ、被告人関が本件行為をする以前の段階において会社側の執つた対応策を考えれば、その行為は正当性の範囲内にあるし、また相手方に対し威力を加えていないから、原判決にはその点で判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるというのであるが、右の威力業務妨害行為は同被告人の前示認定の建造物不退去行為につづいてなされたものとして起訴されているところ、原判決挙示の関係証拠によれば次の事実を認定することができ、原記録における他の証拠および当審における事実取調の結果を検討しても、この認定を覆すことはできない。

すなわち被告人関は、前示控訴趣意一の第二に対する判断のうち(四)で認定したように、退去命令を出されたのに他の組合員らと犯意を相通じて第三液酸工場から退去しなかつたのであるが、更にその間右工場内にいた夜勤者を除く合計約四〇名の組合員と犯意を相通じて同日午前七時二五分ごろまでの間にそれぞれ三、四人で本橋俊佑ら管理職者一二名の両腕をかかえ、その背後から押すなどして右全員を同工場外に連れ出して同工場を占拠すると共に、被告人関において同日午前七時一〇分ごろ同工場内で運転中の空気圧縮機の大気放出弁を開放し、間もなく他の組合員が同工場のメイン・スイツチを切断し、同工場の機械運転を全面的に停止させ、同日午前八時ごろまでの間工場を占拠して操業を不能にしたが、操業が再開されたのは同日午後五時半ごろであつたのである。

右認定の事実に、同じ控訴趣意に対する判断中の(一)ないし(三)の事実をも加えて考察すると、この業務妨害の行為についても、控訴趣意一の第一に対する判断のうち(四)で説示したところからおのずと明らかなように、組合としての正当な行為の限界を越えているといわざるをえないから、その行為が正当性の範囲内にあるとの所論は理由がないといわなければならない。また、威力の点についても、前示のように被告人関らは、すでに管理職者一二名が操業するため入つていた第三液酸工場に立ち入り、組合員約四〇名の多数と共に「管理職者には用がないから出てゆけ。」といつて、あくまで実力をもつて工場の操業を阻止する気構えを示して、約二時間の長きにわたつて退去せず、その間操業を停止せしめ、しかも組合員らと共に使用者たる会社側の利益代表者たる管理職者らを次々に工場外に連れ出した以上、相手方の自由意思を制圧するに足りる不法な勢力、すなわち威力が行使されたと解すべきは当然である。

それゆえ、論旨はいずれも採用することができない。

控訴趣意二の第二について。

所論は、本件当時労使間に争議行為中は、会社側において操業しないとの慣行があつたのに、会社側は操業しようとしたから、これを阻止した被告人関の行為は正当であると主張するが、前記のようにもともと会社側が争議中に操業を継続することは、これを禁止する協定ないし慣行がないかぎり自由であるところ、原記録の各証拠および当審における事実取調の結果によれば、川崎工場においては、労使間において昭和三六年ごろまでは争議時ごとに「会社は嘱託、臨時工に従来組合員が就労した業務を行わせない」「会社は争議行為中新たに他の労働者と雇傭契約は結ばない。」「会社は争議行為中、生産業務は行なわない。」ことを定めた文書による争議協定を結んでいたが、同年ごろ完成品の出荷をめぐつて労使間に紛争を生じ、また保安要員数の決定に争いがあつたことなどから、その後は右のような争議協定が結ばれなくなつたこと、そして争議の都度労使間で会社側は生産業務を行なわないことなどを確認していたことを認めうるが、以上の経緯をもつてしても、本件当時、労使間にあつて双方を拘束する意味での争議時における操業禁止の労使慣行が確立していたものとはいまだ認めがたいのみならず、すでに認定したように昭和四二年三月一二日から本件の機械運転停止の行なわれる前まで七回に及ぶ休祭日の出勤拒否闘争をしたときにも、会社側はすべて管理職者によつて操業をしており、これに対して川崎支部組合側ではこれを黙認していた事実をも合わせて考察するとき、会社側が本件のように操業したことが違法であるとはいえないから、これをもつて被告人関の威力業務妨害行為を正当視する理由とすることはできない。

論旨は理由がない。

控訴趣意二の第三について。

所論は、被告人関の本件業務妨害行為は可罰的違法性を欠くと主張するが、原審証人川村辰夫の供述によれば、被告人らの本件妨害によつて当日操業をなしえなかつたための生産減による損害は約一〇〇万円に達したというのであり、そのうち被告人関の行為による部分も相当の割合を占めていることを認めうるし、このことと当該業務妨害行為の態様および業務の妨害された時間などを考え合せると、本件業務妨害行為は処罰の必要性を欠くほど違法性の程度が弱いとは到底考えられないから論旨は、採用することができない。

よつて刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却し、なお当審の訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条に従い、すべてを被告人らに連帯負担させることとして、主文のように判決をする。

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